米国自治領サイパンの遺構(その1)
ここはアメリカ合衆国自治領サイパン。
サイパン島を含むマリアナ諸島は1899年迄はスペイン領、それ以降はドイツ領でした。そして第一次世界大戦後、マリアナ諸島を含む南洋諸島は1920年に日本の委任統治領となりましたが、1944年太平洋戦争中にアメリカ軍の侵攻により日本の支配力が消失し、終戦とともに日本の統治時代は終了しました。
この統治領時代に様々な日本の施設がサイパンに建設されました。これらの中には保護されながら残っているもの、放置され完全に忘れ去られているもののなんとか残っているものと色々あります。
ここではそれらを紹介していきます。中には観光ガイドブック等には全く記載されていない、完全に人々の忘却の彼方に葬られていると考えられるものもあります。
サイパン島の海岸線を歩いていたら写真に見られる遺構を見つけました。鉄製の杭が並んでいました。桟橋か何かだったのでしょうか。いつ出来たものなのか、日本統治時代に造られたものなのか全く不明です。
上の写真の遺構から少し陸に上がったところにありました。「浄土宗 多寶山 南洋寺」とあります。付近の建物の中にひっそりとありました。欠けた部分は戦時中の爆撃によるものでしょうか。周りには寺院の痕跡は全くなく、この門柱のようなものだけが残っていました。
これは船舶の一部でしょうか。海岸ではこういうものをよく見かけました。
海岸線沿いの道路を歩いていたら四角いコンクリート製の建造物(丸印)を見つけました。
もしや、と思い海岸側に回って見ると低い位置に窓がありました。トーチカのようです。
入り口の上にはコンクリート製の銘板がありました。そこには「昭和十九 ウ○ 渡○隊○」と書かれていました。
上の写真のトーチカの近くにあった遺構です。何の為の建造物だったか全く判りません。
制作 2000年12月12日